昨今アパレル業界の課題として「EC化率」がメディアで取り上げられています。
「EC化率10~12%」という数値も業界全体の暗黙として目指されているように感じます。
当社のクライアント様からも「EC化」を進めるべきかというご質問をよく伺います。
ここでは「アパレル・ファッションビジネス業界全体のEC化」について説明するのではなく、貴社のようなアパレル・ファッションビジネス個別業にとってEC化にどう対応するのか、そこでの注意点を説明していきたいと考えます。
EC化率の定義
その前に簡単に「EC化率」の定義をしておきたいと思います。
「EC化率」とは、経済産業省の定義によると
「すべての商取引の内、電子商取引(Eコマース)が占める割合のことです」。
つまりメーカーでも小売業でも、全体の売上高の中に占めるネット販売額の割合のことを「EC化率」と呼んでいるわけであります。
アパレル業界の課題としてEC化率が上げられている理由
さて昨今のアパレル業界において「EC化」が業界全体の課題として認識されていることについては説明した通りです。
その背景にあるのは、スマホの普及や、拡大するEC市場など、消費者のファッションに対する意識の変化だと考えられます。
2020年1月1日の繊研新聞のアンケート記事から「経営上懸念される事案」でも「消費者のファッションに対する意識、関心の変化」が第一位となっています。
また同記事の「20年度の経営課題として重要度が高い項目」では、「ECの強化・拡大」が第一位となっています。
こうしたことから、アパレルに対する消費者のファッションに対する意識の変化、急激に拡大するEC市場に対応するため「EC化」を経営課題として上げられているのではないかと考えられます。
つまり
「アパレルに関する消費者意識は変化していますよ。」
「ネットの市場も急激に伸びています。」
「従来型のリアル販売だけでは生き残れませんよ。」
「こうした『変化する外部環境に対応』していくことが必要です。
「それは『EC化』です。」
そういった声から、昨今業界全体の課題としても取り上げられ、個別企業の経営課題としても認識されている
「アパレル・ファッションビジネス業界のEC化」はこうした構図になっているのでしょう。
それでもあなたのアパレル会社にEC化は本当に必要ですか?
当社は、こうしたアパレル業界全体の課題認識、マクロ環境への対応という意味においては「EC化」を否定するものではありません。
しかし、ほとんどの中小アパレル企業、年商数百億円以下の個別企業が、「EC化」に取り組むかどうかの判断はその個別企業の状態によって判断するべきもので必ずしもこうした「変化する外部環境に対応」が正解でない場合もあると考えています。
(株)事業リノベーションの立ち位置
またこれらを説明する前に当社の立場も説明しておきます。
「アパレル・ファッションビジネス業界におけるコンサルタントの分類」において、当社はアパレル・ファッションビジネス業界がどうあるべきかを論じる「業界コンサルタント」ではなく、アパレル・ファッションビジネス個別企業の経営と実務を範疇にする「アパレル経営・実務コンサルタント」として定義しています。
したがってアパレル・ファッションビジネス業界全体として「EC化」を進めるのが良いか悪いかを論じるつもりはありません。
あくまでアパレル・ファッションビジネス個別企業の経営戦略として実務も踏まえながらどう考えるかを説明するものであります。また当社の立ち位置はこうしたところですので、理想論やあるべき論ではなく、実績と結果からご説明させて頂いている見解であることを申し添えさせていただきます。
アパレル・ファッションビジネス個別企業がEC化に取組む際の注意点~経営戦略的側面~
先にご説明しました通り、アパレル業界全体の「EC化」について、これらの動きを否定するつもりはありません。しかし個別企業がEC化を進めるかどうかの判断については注意が必要です。これを経営戦略の視点から考えてみたいと思います。
もし、あなたの会社が、年商1,000億円以上の大企業で、リアル販売の既存事業が好調で、資金や人的資源に余力があるのであればこの先の注意事項は読む必要がありません。
しかし次のような場合には注意が必要です。
実際のところ私が良く耳にするアパレル企業の「EC化」の取組みはこちらのケースです。
・リアル販売の既存事業が不調である(昨対を割っている)
・既存事業が不調な理由はネット市場の拡大と考えている
・そうであれば当社もEC化を行うべきとして考える
つまり、消費者市場は変化している、EC市場は拡大しているし、消費者はリアル店舗で買わなくなった。市場に対応するためにネット販売を始めようということなのでしょう。
当社が実際に目にするアパレル・ファッションビジネス中小企業の「EC化」への取組みはこんなところが大半を占めています。
なるほど、マクロのデータ的には確かにそうですし、リアル販売の既存事業が不調ななかで何かをはじめなければならないという危機感や気持ちも理解できます。
別の業界での例え
アパレル業界や自分の会社で考えると客観的に見えなくなりますので、別の業種のケースで考えてみましょう。
ある商店街に業歴の長いパスタ屋さんがあったとしましょう。
商店街も衰退してきていますし、飲食業においても宅配販売などが増えてきています。
あるデータによると、飲食のデリバリー市場はここ数年5~6%で伸びているそうです。こうした中、このパスタ屋さんも客数、売上が落ち始め危機感を感じていました。そこでこのパスタ屋さんも宅配販売を始めました。
ここでも次のような構図があるわけです。
・自分のいる商店街の衰退
・自社の売上減少
・デリバリー市場の拡大
・デリバリー販売の開始
つまり「変化する外部環境に対応」しようとしているわけです。
でもこのパスタ屋さんのデリバリー事業、本当に売れそうでしょうか?
何となく上手くいかないような気がしませんでしょうか?
いったい何故でしょうか?
宅配市場は伸びているのにおかしいですよね。
市場データから見れば売上が5~6%増えてもおかしくないですよね。
消費者の立場になれば答えは簡単です。これは想像しやすいのではないでしょうか。
美味しくなければリアル店舗でもデリバリーでも食べたくないからです。
繁盛店の特徴
一方で衰退する商店街の中にも行列の出来る繁盛店もあります。
なぜ並ぶのでしょうか。これも簡単です。
「美味しいから」もしくは「プロモーションが上手」だったり「店員の接客サービスなどが優れている」からでしょう。
2018年の外食産業の市場規模は25兆7,692億円、対してこのパスタ屋さんの年商はせいぜい30~40百万円(業種平均)です。
全体のマクロ市場において米粒ほどのニッチな世界で勝負しているわけです。
こうした世界ではマクロ的な「外部環境の変化」よりも自店の個別要因のほうが収益に大きく影響していきます。
アパレルファッションビジネスの場合
ここでアパレル・ファッションビジネスの貴社の現実にもどりましょう。
アパレル・ファッションビジネスの2018年の市場規模は約9兆円。
みなさんの会社の年商はいくらでしょうか?
全体の市場規模の観点からは先ほどのパスタ屋さんのように非常にニッチな世界で勝負しているのではないでしょうか。
そして、既存のリアル販売が不調なのは何故でしょうか?
それは市場が原因ではなくあなたの会社の中にあるのではないでしょうか。
既存事業に問題や課題があり、その結果上手くいっていない状況で、新しいビジネスに手を出したとしても上手くいく可能性は極めて低いのではないでしょうか。
好調なアパレル・ファッションビジネス店舗
アパレル・ファッションビジネスのリアル店舗でも好調な店舗はいくつもあります。衰退した商店街の中でも月商10百万円を売り昨対をクリアしている店舗も私のクライアントの中にはあります。
当社としては経営戦略的側面からは、まずは「外部環境の変化に対応」よりも既存事業の見直しを行ったうえで判断すべきと考えるわけであります。
アパレル個別企業がEC化に取組む際の注意点~店舗運営的側面~
次に小売業におけるリアル店舗の運営的の側面から考えてみましょう。
こちらは当社が定義するアパレル小売店の売る力を店舗運営の要素からまとめたものです。
消費者意識の変化やEC市場の拡大、景気動向や天候などの「外部環境の要素」に対して、店舗の「内部環境の要素」をまとめたものです。この要素は当社が行うアパレル企業(小売業の)デューデリジェンスの評価項目でもあります。
(デューデリジェンスの内容についてはこちらをご覧ください)
また小売業ではなく企画メーカーや縫製工場などでもこうした内部環境の項目があります。他の業態の事例については別の機会にご説明いたします。
リアル店舗ビジネスの運営要素
アパレルに限らずリアル店舗ビジネスにおいては、外部環境や立地だけで売る力が決まるわけではありません。
それはあくまで外部環境の話であって有利に働くか否かに過ぎません。
先ほど説明しました衰退する商店街の中でも月10百万円売る店舗は、この中の店舗運営要素の項目が極めて高い店舗です。そういう状態であれば立地などの外部環境の影響は受けにくくなるのでしょう。
当社がこれまで実施してきたアパレル・ファッションビジネス企業の「デューデリジェンス」「事業性評価」においても、この店舗運営力のポイントと実際の売上高、利益には明らかな相関関係があります。
つまり
売れている店舗はやはりこの要素が強い
売れていない店舗はこの要素のどこかに必ず問題がある
ということになります
またさらに言えばリアル店舗ビジネスではこの要素は殆ど同じです。
例えば飲食店のリアル店舗の場合で考えてみると
コンセプト:ジャンル、ターゲット、提供価値、ポジショニングなど
内装・外装:店舗の内装、外装のこと
MD編集力:飲食店の場合はメニュー構成
店内VMD:クリンリネスや料理の盛り付け、ビジュアル
接客力:店員さんのサービス
販売促進力:看板、チラシ、ポイントカードなど
店舗運営力:本部のフォロー体制、スタッフ管理など
つまり要素の項目自体は殆ど同じで、各項目の中身が少し違うだけなのです。
先ほどの事例のパスタ屋さんも、要因は外部環境ではなく、この中のどこかにあって売れなくなっていたのでしょう。
アパレル・ECショップに対するアパレル・リアル店舗の優位性
次にアパレル・ECショップに対するアパレル・リアル店舗の優位性をこれらの要素からまとめてみました。
その前に当社がいつもクライアントにご説明しているところを述べさせていただきます。
最近の消費者意識の変化を表す言葉として「モノ」から「コト」へなんて言葉があります。
単品販売であれば、それは単に服のアイテムをモノとして提案しているにすぎません。
単品販売で単なる「モノ」として販売するだけならECショップで事足ります。
しかしそこで待っているのは価格競争だけです。
同じ「モノ」がネットで並べば価格での競争となります。リアル店舗は価格では絶対にかなわないでしょう。
アパレル・リアル店舗としてやるべきことは何でしょうか?
リアル店舗の優位性
店舗の強さは、7つの要素で決まるとお話しました。
このうちアパレル・リアル店舗がアパレルECショップに勝てることは何でしょうか。
「MD編集力」に関わるところだけみても、「モノ」としての単品販売ではネット価格にかないません。
商品量の点数も坪数に制約の受けないアパレルECショップにはかないません。
MDの5適(適価、適量、適所、適品、適時)のうち「適価」や「適量」ではかなわないわけです。
「コンセプト」「MD編集力」「店内VMD」
しかし、「コンセプト」「MD編集力」「店内VMD」の一連の表現力、伝達力という意味ではどうでしょうか。
アパレル・ECショップを運営する立場からするとここが一番難しいところです。
「店内VMD」はネットでは「画像」となります。
インスタ映えのする画像はテクニックがあれば実現できますが、そのショップの提案したいコンセプトや、世界観といったものはサイト全体で表現するには限界があります。
なぜならアパレル・ECショップで訴えられるのはPCやスマホの画面内で画像と文字、つまり人間の5感のうち限られた画面内の「視覚」だけだからです。ここは5感を通じてリアルに訴えられるリアル店舗の方が強そうです。
しかしそれは「コンセプト」「MD編集力」「店内VMD」がちゃんと店舗に落ちていればの話です。
単に「モノ」としての単品販売、つまり単品の洋服をただ並べているだけの店舗であればこのリアル店舗の強みは発揮できませんので「価格」に強いECショップにはかなわないでしょう。
接客力の比較
次に「接客力」はどうでしょうか。
ECショップでもメールでの対応や、クレーム対応などの「接客力」はあります。
しかし、個々のお客さんに対するきめ細かい対応、その方に似合うコーディネート提案や、新しい自分を発見するコーディネート提案、いま持っているアイテムとの相性、その方の骨格や、顔に似合った色やシルェットの提案、その方の価値観やライフスタイル合わせた提案、こうしたところが出来る販売員にネットがかなうとは思えません。
アパレル・ECショップでの「AI」について
このように説明していくと、接客要素については、アパレル・ECショップでは「AI(人口知能)」があるよという声もあるかもしれません。
現に「EC化率」と合わせて「AI」も業界内で旬な言葉となっています。
しかし私は個別企業、特に中小企業の「AI」活用には懐疑的です。
ECショップでの活用方法としては、その方の検索する商品や、これまでの購入履歴、サイズ、色の傾向、ティストの傾向などを「AI」で解析して、それに見合う画面への案内、こうしたところでの活用が言われています。
しかし、これは本当に有効でしょうか?
一部の方には有効かと思いますが私は上手くいくとは思えません。
なぜなら「AI」は過去の傾向をデータで分析しているだけで、新しいもの、いまは着ていないけどやってみれば似合うもの、つまり新しい自分を提案するということが出来ないからです。
別の機会で体系的にご説明する予定ですが、ここがファッションの楽しさでもあり、アパレルの提供する価値だと考えますが、こうした人間臭いところは「AI」では絶対にやることが出来ません。
また、そのお客さんに似合う提案といったところでも、好きな色や、シルェットの傾向までは特定できたとしても、この商品に限り、なぜかこのお客さんには似合わない、逆に普段は似合わない色でも、この商品に限り似合うといったことも現場の方は経験していると思います。
さらに、今年好きで似合っていた色やティストが、一年後には変わっている、今のその方には受付けないといったことも皆さんは現場で感じたことがあると思います。
ファッションとは洋服のコーディネートだけを見ても、「素材、色、シルェット、ティスト、袖丈などの形状、ディテール、さらにはブランドなど」の無限の組み合わせから出来ているものです。
そしてさらに、どのような組み合わせを望むかどうかの主体であるお客さん自体も日々変化していきます。
今時の言葉では「アップデート」なんて言われます。つまり日々変化する主体(お客さん)に対して、無限の提案が出来るのがファッションなわけです。それを皆さんは「感性」という言葉で表現しているわけだと思います。こうした極めて人間臭いところ、アパレル・ファッションの本質的なところは「AI」では絶対に出来ないというのが私の持論です。
少し横道に逸れましたが、こうした点を踏まえ「接客力」はアパレル・リアル店舗の方が圧倒的に強いと考えるわけです。しかしこの点も、しっかりと接客出来ていればの話です。単なる御用聞きやお客様の状況を捉えたうえでの提案が出来なければ優位性は発揮できないのは言うまでもありません。
「内装・外装」「販売促進」「店舗マネジメント(運営力)」
最後に「内装・外装」「販売促進」「店舗マネジメント(運営力)」はどうでしょうか。
「内装・外装」はアパレル・リアル店舗では店舗そのもの、アパレル・ECショップではサイト設計となります。
「販売促進」はリアル店舗では、ポイントカード、DM、POP、スタンプカードなど。
アパレル・ECショップでは、SEO対策、リスティング広告、ブログ、メルマガ、SNSなど。それぞれやり方はありますし技術も必要です。
「店舗運営力」はアパレル・ECショップでも店長は必要ですしスタッフのマネジメントも必要です。
ここはアパレル・ECショップでもアパレル・リアル店舗でも変わりありません。そうするとここは、どちらが有利というものではなく、そのノウハウと技術力が重要ということになります。
リアル店舗の優位点まとめ
以上、店舗販売力の実務要素からアパレル・リアル店舗と、アパレル・ECショップを比較しました。
アパレル・リアル店舗としては「コンセプト」「MD」「VMD」「接客力」に優位性があると考えます。しかしそれは何度も言いますがしっかりと出来ていればの話です。
これらが出来ていなければ、アパレル・ECショップの方が消費者にとって価格や品ぞろえ的に魅力的となりそちらで買うのでしょう。
現に売上が減少しているのは、EC市場が伸びているからではなくこれらがしっかり出来ていないので、結果的にECショップに消費者が流れている、つまり競争において負けているということではないでしょうか。
リアル店舗がやるべきこと
やはり重要なのは、これらの要素において、しっかりとやっていくこと。
「コンセプト」「MD編集力」「店内VMD」にしっかり落とし込み、お店を好きになってもらうこと。そして「接客力」によりその価値をより鮮明に伝えること。
それによりお客さんの、なりたい自分、新しい自分の発見、自分自身のアップデートの提案が出来ること。そして結果としてアパレル・リアル店舗としての信頼やブランドを構築すること。
つまりアパレル・リアル店舗として「やるべきこと」「あたりまえのこと」をしっかりやっていくことだと考えています。
アパレル・ファッションビジネスに対するEC化についてのまとめ
最後にアパレル・ファッションビジネス個別企業のEC化について当社の考え方をまとめております。
巷でよく声を聞きますが、個別企業にとって「EC化率10~12%」という数値に何か意味はあるのでしょうか。
アパレル・リアル店舗で売っても、アパレル・ECショップで売れても、決算上は単なる「売上」です。
アパレル・リアル店舗で十分売れていなければ、また売れていない要因があるのであれば、まずはそこから手をつけるべきではないでしょうか。
その結果、アパレル・リアル店舗で十分な利益が出るほど売れるのであれば「EC化率」を上げることにアパレル・ファッションビジネス個別企業としての戦略的意味はないのではないでしょうか。
私のクライアントの中には、あえて「EC化」を断念し、ECショップを撤退し、リアル店舗販売に特化し業績を向上させている会社もあります。つまり「選択と集中」ということだと思います。
こうした点より、当社の立場としては「変化する外部環境の対応」が必ずしも個別企業の戦略として正しいとは限らないと考えるわけであります。
(補足)
・業界全体のEC化について否定するものではありません
・アパレル・ファッションビジネス個別企業のEC化については個別に考えるべきでしょう
・むしろ既存事業の問題点や課題に取り組むほうが収益改善につながりやすい場合もあると考えます
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