昨今、アパレル・ファッションビジネス業界にて、マーケティング戦略、経営戦略としての「AI(人口知能)」の活用が話題となっています。
当社もアパレル・ファッションビジネスの中小企業経営者様からも「アパレル・ファッションビジネスにおけるAIの導入について、どう考えたらよいでしょうか」というご質問を頂くことが多くなってきました。
アパレル・ファッションビジネスにおけるAI活用
こうした「アパレル・ファッションビジネスにおけるAI活用」のご質問への回答として、まず、これからお話する点をご説明したうえで、当社ではたった一言でご回答しております。
しかしその一言は、アパレル・ファッションビジネスの経営にとって非常に重要な意味を持つと考えております。
少し長くはなりますが、どうか最後までお読みになって頂いたうえで、その一言の意味を自社の経営課題に基づき、お考えいただければと考え本ブログを作成しております。
株式会社事業リノベーションの考え方
またこれらを説明する前に当社の立場も説明しておきます。
「アパレル・ファッションビジネス業界におけるコンサルタントの選び方」において、当社は「アパレル・ファッションビジネス業界がどうあるべきか」を論じる業界コンサルタントではなく、アパレル・ファッションビジネス個別中小企業の経営と実務を範疇にする「アパレル経営・実務コンサルタント」として定義しています。
そのためアパレル・ファッションビジネス業界全体として「AIの導入」を進めるか良いか悪いかを解説するつもりはありません。
あくまでアパレル・ファッションビジネス個別中小企業の経営戦略として実務も踏まえながらどう考えるかを説明するものであります。
そもそも「AI」とは
その前にまず「AI」についての定義についてご紹介したいと思います。
人間が持っている、認識や推論などの能力をコンピューターでも可能にするための技術の総称。
人工知能とも呼ぶ。「AI」を応用したシステムには、専門家の知識をデータベース化して問題解決に利用するエキスパートシステムなどの例がある。
(コトバンクより引用)
上記はコトバンクの定義でありますが、調べたところ「AI」の技術は日々変化しているようで、具体的にどこまで出来ると「AI」なのかといった定義はないようです。
ただ従来のパソコンのプログラムと違うのは、人のような知的な情報処理を実現するソフトウェア(プログラム)であるということのようです。
AIが活用されている分野
具体的に活用されている分野を例にとるとイメージしやすいかと思います。
実社会やビジネスにおいて次のような活用がなされているようです。
- 物体認識: 犬や猫の識別や、物体の意味の言語化など
- 不良品の検出: 製造業で作る部品(例えば車のねじ)などの検品など
- 異物混入の検出: 食品の製造ラインでの異物検出など
- 病変の検出: レントゲンなどの医療画像から病変を見つけるなど
- 自動運転: 現在、産業界で競争が激化している
アパレル・ファッションビジネスにおける「AI」活用とは
このように各分野にて活用が期待される「AI」でありますが、アパレル・ファッションビジネス業界において「AI」が言われるのは主に「トレンド予測・需要予測」といった領域であるところに特徴があると言えます。
例えば、市場で売れているコーディネートの写真データを解析し、色や着こなしのトレンドを予測し、商品企画やMDに反映するといった具合です。
実際に「AI」の画像解析の技術革新を背景にこうした活用が開始されているようです。
ある企業では、「AI」を活用し、SNSやファッションサイトのコーディネートを過去にさかのぼり数千万枚解析し、着用している年齢区分、アイテムカテゴリー、色、柄などを細かく分類しデータベースを作り、それらの推移より、今後の「トレンド予測・需要予測」を予想し、実際の商品投入計画に反映しているとのことです。
そしてこの「AI」が提供する「トレンド予測・需要予測」が実現すれば、売れる「売れ筋」だけ生産・発注できるわけですので、在庫ロス、廃棄ロスといった、アパレル・ファッションビジネス経営にとって悩ましい問題も解消されるわけです。
また在庫ロス、廃棄ロスの削減という意味では、一企業の経営だけではなく、社会全体の観点からもサスティナブル(持続可能な社会)を実現するものとなり、社会全般としてもメリットがあると言われています。
「QR」と「AI」の違いとは
売れ筋の投入、在庫ロス、廃棄ロスの削減、という意味では、思いつく類似概念として「QR(クイックレスポンス)」があります。
次に「QR」と「AI」の概念の違いについて考察してみたいと思います。
QRの定義
まず「QR」の定義でありますが、次のようになっています。
「QR(クイックレスポンス)」とは、アパレル産業を中心に行われているサプライチェーン管理(SCM)手法の一つです。
国内生産の衣料品のローコスト化を実現するためにスタートしました。QR活動では、(1)市場投入開始時期になるべく生産開始を近づける、(2)シーズン中に売れ行きを見ながら生産できる仕組みを作るために、商慣行の見直しや情報支援の強化を行う、などが行われています。
(ロジスティクス用語集より引用)
細かい背景などは割愛いたしますが、この概念が日本に入ってきたのはおよそ30年前の1990年代であります。
当時のアパレル業界では、半年~1年前に次のシーズン企画を行い、商品投入計画としてのMD計画もシーズン開始時点でほぼ確定しており、期中での追加生産などが行いにくかったわけであります。
企画から生産、市場投入のリードタイムが非常に長く、期中にてMD計画の修正を行いにくかったのです。
そのため、企画した商品が「当たらない」場合は、売れ筋の追加投入、MDの修正は難しく、死筋の在庫ロスのリスクも非常に高かったわけです。
こうした中、導入され始めたのが「QR」だったわけです。
すなわち、シーズン初期の初回投入は最少ロットに抑え、実際の売れ行きを見て、売れるものだけをクイックで追加生産して投入していくという手法です。
この考え方を具体的にビジネスモデルとしたのが、SPA(製造小売)であり、ファストファッションであったわけです。
生産(製造)と小売り(店頭情報)を結びつけることで「QR」を実現しやすくなるわけです。
またSPAやファストファッションだけではなく、多くの大手アパレルメーカーも「QR」の手法を導入し、アパレルメーカー、商社、小売店の流通構造も大きく変化していきました。
流通構造、時代背景は異なるものの、30年前の「QR」導入の背景と、現在の「AI」導入の背景において、売れ筋の投入、在庫ロス、廃棄ロスの削減を目的とするという意味では近いものがあると考えます。
「QR」と「AI」の違うところ
しかし「QR」と「AI」の違いは次のところではないかと考えます。
ものすごく簡略化しておりますが、概念的には次のようなところではないかと考えます。
QR:今売れているものを把握して、市場に投入する
AI:今売れているものから、次売れるものを予測して、市場に投入する
図で示すとこんなところであろうかと考えます。
売れ筋の投入、在庫ロス、廃棄ロスの削減という観点では、既に売れているものを市場に投入していく「QR」に対して、今後売れていくものまでを予測して市場に投入出来るということになります。
実現すればより、売れ筋の投入、在庫ロス、廃棄ロスの削減に繋がることになるでしょう。
アパレル・ファッションビジネス経営視点で考えても
売れ筋の投入 ⇒ 売上高工場 プロパー消化率向上による利益率の増加
在庫ロス、廃棄ロス ⇒ 原価率の改善
といった具合に、財務的にも望ましい効果が理論的には期待されることになります。
アパレル・ファッションビジネスにおける「QR」の弊害
こうした経緯で導入された「QR」でありますが、アパレル・ファッションビジネス業界において数年前より弊害も指摘されているのも事実であります。
それは皆さまもご存知の通り「同質化現象」です。
「QR」の概念自体は非常に合理的なものであったわけですが、これを1社だけではなく業界全体で追求した結果、「どこを見ても同じ服ばかり」という「同質化現象」を生じさせてしまいました。
ショッピングモールで買い物していても、あるブランドショップにあるコートと、その隣にある別ブランドショップにおいてあるコートが殆ど同じという現象を見たことがあるかと思います。
1社のみで「QR」を追求するだけであれば、自社独自の売れ筋を追っているだけですのでこうした現象は起きないわけですが、これを複数社、業界全体で行えば、各社売れているものを店頭に投入することになりこうした現象が起きてしまいます。
また現在の流通構造、すなわち商社が企画してブランドタグを変えただけの商品を各社に供給という流通構造であれば、よりこうした「同質化現象」に拍車をかけるわけであります。
こうした現象については、新聞等のメディアで報じられているのは記憶に新しいところかと思います。
つまり、アパレル・ファッションビジネス業界では「服が売れない」といってあえいでいる。
対して消費者は「どこも同じような服ばかりで買いたい服がない」と言っているまさに今の状況のことです。
そして、この状況を先ほどの図に置き換かえて説明すると次のようなものになるかと考えます。
アパレル・ファッションビジネスにおける「AI」活用で懸念されること
ここまでご説明すると、お解りの方も多いかと思います。
「QR」と「AI」において、売れ筋の投入、在庫ロス、廃棄ロスの削減を目的としている意味では同じ概念です。
「QR」は実績に基づき市場に投入する、「AI」は実績から予測して市場に投入という点と、投入される時間軸が手前なのか、その先なのかの時系列が違うだけであります。
「AI」活用も1社だけで行えば問題はないかと思います。
「AI」を導入した1社だけが、その活用による「果実」を得られるわけであります。
しかしこれも複数社、業界全体で行わればどうなるでしょうか。
「AI」により、「トレンド予測・需要予測」を行ない、各社がその予測をもとに企画・生産・投入を行えば同じ現象、すなわち「同質化現象」が起こる可能性があるのではないでしょうか。
しかも今売れているものだけではなく、将来売るものも同じ商品を投入していくわけですから、「同質化現象」はより加速していく可能性があります。
図で言えばこんな状況になるのではと懸念するわけであります。
「トレンド予測・需要予測」を追求した結果、今だけではなくその先まで「同質化現象」が確定し、消費者にとって「さらに買いたい服がない」という結果にならないか懸念するのは当社だけではないかと思います。
他社、他店と同じ商品が並ぶという現象は、消費者からすれば「どこで買っても同じ」ということになります。
そうなればアパレル・ファッションビジネスの経営において、最終的に行きつくところは「価格競争」です。
「どこで買っても同じ」わけですから、最終的に購買の決め手となるのは「価格」だけということになります。そうなればリアル店舗に対し、「価格競争」に強いECショップが有利となるのは、「アパレルECブログ」でお伝えしたところであります。
「QR」の考え方はアパレル・ファッションビジネスの中小企業にも浸透
「QR」のビジネスモデルについて、SPAやファストファッションという業態で展開している企業は、一部の大手に限られるかと思います。しかし、「QR」の考え方は、大手ではないアパレル・ファッションビジネスの中小企業にも浸透しています。
アパレルメーカーであれば、実際に売れている商品を商社から提供を受け期中導入していくことは可能ですし、セレクトショップなどの小売店でもそうしたメーカーからの提案を受け、売れ筋の商品を期中で導入することも可能です。
大手のSPAやファストファッションといった業態でなくても「QR」は実践可能なわけであります。現在のアパレル・ファッションビジネスの流通構造がそれを可能としているわけであります。
実際に、アパレル・ファッションビジネスの個別中小企業でも、こうした考え方をする、MD担当者、バイイング担当者を多く見かけます。
過去の反省より「QR」導入における本質的な問題点とは
ここで再び、「QR」における本質的な問題について考えてみたいと思います。
当社としては、アパレル・ファッションビジネスにおける、こうしたメーカー、商社、小売店などの流通構造や関係などについて良いか悪いかのコメントするつもりはありません。
あくまでアパレル・ファッションビジネスの個別中小企業の経営的観点、実務的観点から見た本質的な問題についてご説明させて頂きたいと思います。
その本質的な問題はたった一つであると考えております。
すなわちそれは
「考えることをやめた」ということ。
つまり次のような構図のことをいっております。
QR:「何が売れるのか解らない」⇒「他で売れているものを真似ればいい」
ここには、「他で売れているものを探す」という情報収集活動はありますが、自ら「考える」という活動がありません。
アパレル・ファッションビジネスにおける「考える」とは「創造すること」であると考えています。
すなわち、新たなファッションスタイルや、ライフスタイルを創造すること。
それはコンセプトだけではなく、商品だけでもなく、MD、VMD、接客、販売促進などの一連の実務によって表現されていく。
しかし、創造するものは何でも良いのではなく、消費者に共感されるものでなければならない。
またそれは時代や、消費者のライフスタイルシーンによっても変化していく。
だからトライアンドエラーを繰り返しながら体現していかなくてはならないわけであります。
こうした創造活動によりメーカー、店舗も成長し、消費者より信頼されブランドとして育っていく。
それゆえ、かつてアパレル・ファッションビジネス業界が目指していた「生活文化産業」となりうるわけであると考えるわけです。
実際に当社がアパレル・ファッションビジネスの個別中小企業から受ける経営相談、当社が実施するビジョンデューデリジェンスのシーンにおいて、一番よく聞く質問は「何が売れるのですか」です。
訪問早々にこの言葉を投げかけてくる方も少なくありません。
そしてその言葉の根底には「考えること=創造すること」を辞めて、真似するという姿勢が見て取れます。
その際に当社がご説明しているのは、「何が売れているのか」を調べて真似るのではなく、「売りたいものを創造すること」。
メーカーでも、セレクトショップでも、ライフスタイルショップでも、この点は同じであります。
その上で考えなくてはならないのは
現在の市場や、消費者を見たうえで、「創造する」方向性が正しいのかどうか、コンセプトやポジショニング、リブランディングといった観点から検証すること。
そして商品構成やMDバランスが適切なのかどうか、店頭にVMDとして落ちているのかどうか、これらの実務と合わせて、現状の課題や、問題を抽出しながら改善していくことです。
またそれを可能とするためには、こうした「モノ」としての実務領域だけでは不可能です。
実践していくのは「ヒト」であるわけですから、組織構造や、権限と責任と意思決定のあり方、人事制度も重要になります。さらに、何を行うにも「カネ」は必要となりますので、財務戦略、銀行取引や投資計画も重要になります。
つまり、アパレル・ファッションビジネス経営において、「ヒト・モノ・カネ」の観点において、こうした「創造する」活動を行っていかなければならない。
それがアパレル・ファッションビジネス経営に求められていることなのではないかと考えるわけであります。
こうした活動を通じて、アパレル・ファッションビジネス経営における、「考えること=創造すること」は体現するのだと考えています。当社のコンサルティングを受けられた企業様であれば、この意味をよくご理解して頂けると考えております。
「AI」導入において懸念されること
ここでもう一度「AI」について考えてみたいと思います。
あらめて、「QR」と「AI」の違いについてご説明しますと、「QR」は実績に基づき市場に投入する、「AI」は実績から予測して市場に投入という点と、投入される時間軸が手前なのか、その先なのかの時系列が違うだけであります。
QR:「何が売れるのか解らない」⇒「他で売れているものを真似ればいい」
AI:「何が売れるのか解らない」⇒「AIに予測させればいい」
先ほどの、「考えること=創造すること」を辞めたという点においては、同じ構造とみてとれないでしょうか。
「AI」での「トレンド予測・需要予測」によるビジネスモデルを考えている企業からすると「そうではない」と言われるかもしれませんが、当社からみおるアパレル・ファッションビジネスの中小企業の捉え方としては、こうしたスタンスであられる方も少なくないというのも事実です。
アパレル・ファッションビジネスにおける「AI」導入という経営判断について
「AI」による「トレンド予測・需要予測」をMDに活用するかという点においては、マーケティング戦略の範疇であります。
しかし、その「AI」を導入(設備投資)するかという意味においては経営戦略の範疇となります。
トレンド予測・需要予測でAIを活用する (マーケティング戦略上の判断)
そのためにAIの設備投資を行う(経営戦略上の判断)
ここで冒頭に解説しましたよく聞くご質問の内容を思い出してみたいかと思います。
「アパレル・ファッションビジネスにおけるAIの導入について、どう考えたらよいでしょうか」
この質問の背景には、「他社や大手は導入しているが、当社も導入した方が良いか」という考え方が見て取れることも少なくありません。つまり「周りもやっているしメディアでも報じられているから」導入した方が良いのかということになります。質問としては先ほどの「何が売れるのですか」と同じ構造にあるわけです。
そして少し厳しいことを申し上げると、もし他社が導入しているということだけで、導入を決定するのであれば、経営戦略の範疇でも「考えていない」ことになります。
つまり、マーケティング戦略上「考えない」ということを、経営戦略でも「考えない」で決定することになります。
こうなると創造どころか、完全に思考停止なわけであります。
もしこうしたアパレル・ファッションビジネスの企業があるとすればかなり重症なわけですが、本質的なところに気が付かず、知らず知らずの間にこうした選択をしてしまうことも企業も少なくないように思います。
ご質問の回答について
最後に、「アパレル・ファッションビジネスにおけるAIの導入について、どう考えたらよいでしょうか」のご質問に対する当社のご回答をご説明させて頂きます。
ここまでご説明させて頂いたうえで、当社では、たった一言でコメントしています。
それは「考えて判断しましょう」です。
ここまで聞いてくれたアパレル・ファッションビジネスの経営者であれば、この時点で「はっ」となることが少なくありません。おそらく経営上、実務上、数ある経営課題と照らし合わせつつ、考えはじめているのではないかと思います。
最後に
当社ではAIのような「トレンド予測・需要予測」は実施しておりません。
そのため「何が売れるのか」のご質問に対しては企画の場でも店頭でもお答えすることは出来ません。
アパレル・ファッションビジネス経営、「ヒト・モノ・カネ」の領域において「考えること=創造すること」のお手伝いは可能です。
そのための経営手法を「アパレルFDCA経営®」と定義しています。
事実、この経営手法を通じて業績を改善し急成長しているアパレル・ファッションビジネスの個別中小企業のクライアント様も多々ございます。
当社はアパレル・ファッションビジネス経営を強くすることで、「ファッションが楽しい社会を創る」ことを事業目的としています。
今回のブログが貴社のアパレル・ファッションビジネス経営にお役にたてれば光栄です。
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