はじめに
2020年8月現在、新型コロナの感染は終息をみることなく、国民生活に深刻な影響と混乱を与え続けています。
その領域は、医療分野だけでなく、経済、政治、国の財政、雇用、家計、スポーツや文化振興などあらゆる分野に拡大しています。
こうした中、未だ新型コロナの報道が連日メディア等でとりあげられているわけでありますが、こうした報道を見ていて感じるのは、現在の「コロナ禍」による混乱は、当社が普段企業経営の場において経営コンサルタント視点で見ている様相と類似点があるということでした。
経営課題とコロナ過の課題の相似性
もちろん企業経営と日本という国の運営、社会の運営は仕組みや規模も違うわけでありますが、それでも企業経営で陥りやすい罠に国や社会全体が陥っているように見えてならないわけであります。
そこで、実際の企業経営で起きている問題をなぞりながらコロナ禍における混乱や問題を見ていくことでこのコロナ禍における問題の本質や対応策が見えるのではと考え本執筆を行うことに致しました。
政策、行政部門の方々には意思決定や問題解決の参考に、アパレル企業含めた企業経営者の方には、コロナ禍における問題から、日常の企業経営において陥りやすい問題を考える参考にして頂ければと考えております。
尚、当社は一コンサルティング会社でありますので、政府や特定の自治体の政策を否定するものではありません。
また特定の団体や個人を否定するものでもありませんし、当社の主義主張、イデオロギーを主張するものでもありません。
あくまで、経営コンサルタントという「専門家」の立場から実際の企業経営で起きている問題をなぞりながらコロナ禍における混乱や問題をにおいて経営コンサルタント視点で見ていくことでこのコロナ禍における問題の本質を考察するものであります。
本執筆の構成
本執筆の構成は次の3部構成となっています。
第一部 「現状分析」方法の失敗
第二部 「経営判断(意思決定)」方法の失敗
第三部 「対策」方法の失敗
当社のような経営コンサルタントの業務は次の3ステップによって行われます。
STEP1:現状分析
まず、STEP1での「現状分析」。この過程ではその企業の状況を把握していきます。数値などの目に見える部分もありますが、ビジネスモデル、企業文化、組織構造、マーケティング領域など数値では現れない部分も「見える化」して整理していきます。医療に例えると「診察」や「健康診断」に相当し、その結果をまとめたものを「調査報告書」としてまとめています。またこの調査報告書を作成する業務をデューデリジェンスといい当社でもアパレル企業を中心に行っています。
STEP2:経営判断(意思決定)
次に、STEP2の「経営判断」、その会社の現状分析結果をまとめた「調査報告書」をもとに経営戦略、マーケティング戦略などの経営判断を経営者ともに経営者視点で行っていきます。現状分析結果を踏まえて、どのように経営判断していくかはアパレル企業に関わらず経営を行う上で非常に重要なものとなります。このプロセスは医療に例えると健康診断書結果に基づく「患者との治療方針の検討」ということになるでしょう。
STEP3:対策
そして、STEP3の「対策」。現状分析結果とそれに基づく経営判断により具体的にどのような対策を取っていくかという点になります。STEP2が経営判断的な側面なのに対し、STEP3はより実務レベルの対策決定と実行となります。このプロセスは医療に例えると治療方針に基づく具体的な治療の実行ということになります。
つまり、正確に「現状分析」を行い整理し、しかるべき「経営判断」を支援し、具体的で実行的な「対策」を打つことで企業の業績を着実に向上することが出来るわけであります。これも医療に例えると、症状を正確に診断し、その結果に基づきしかるべき治療方針を打ち立て、優秀なスタッフによる具体的な治療を行うことで、病気が治療されると考えれば理解しやすいかと思います。
当社ではこうした理由から、「コロナ禍」失敗の本質について、このステップ毎に説明しております。
第一部「現状分析」方法の失敗
ここではコンサルティング業務におけるSTEP1「現状分析」における問題の構図を経営コンサルタント視点にて見ていきます。
この過程は、医療に例えると「診察」や「健康診断」に相当し、最も重要なSTEPとなります。医療でも同じように「診察」(現状分析)を誤ると、どのような治療を行っても上手くいきません。それは企業経営におけるコンサルティングでも同じです。
実際の企業経営で起きている問題をなぞりながらコロナ禍における「現状分析」における問題を見ていきたいと考えます。
「いのちか経済か」概念定義が出来ていないなかでの議論
当社では経営会議などの重要な経営判断の場においてしつこいくらいに「概念定義」を行っています。
抽象的な用語ほど実は定義が曖昧なものが多いからです。そのため当社のブログや本執筆においても抽象的な用語、重要な用語については都度「概念定義」を行っています。
その「概念定義」の中でも特に気をつけなくてはならないのが二項対立の概念です。
例えばアパレル企業に限らず、多くの会社経営や会議の場で「売上か利益か」「営業強化か新製品開発か」といった二項対立の議論がなされる場合があります。
経営会議の中においてもこうした二項対立の議論や論争を展開する場を見かけます。
二項対立はわかりやすく日本人が好んで使うと言われています。
しかし多くの場合、こうした二項対立の議論が不毛である場合が殆どです。
コロナ禍の現在、メディア等で連日報道されている「いのちか経済か(「感染症対策か経済か」という表現の場合もあります)」という議論があります。
あるアンケートによると、殆どの方が「いのちが大事」と答えるということです。
経済というと株式投資や、利益の追求を思い浮かぶ方も多いと思いますので当然と言えば当然だと考えます。しかしこの議論、何故か違和感がありませんでしょうか。
ご説明する前に、まずは「二項対立」の論理的な定義を説明したいと思います。
「二項対立(英:dichotomy、binary opposition)とは論理学用語の一つ。二つの概念が存在しており、それらが互いに矛盾や対立をしているような様のことを言う」
(Wikipediaより引用)
このWikipediaの定義においても、この論理が成立する前提として、「二つの概念が互いに矛盾し対立している」ことが説明されています。
つまり互いに矛盾、対立する概念があって初めてこの論理は成り立つということです。
対立する概念とは例えば、「男と女」「白か黒か」「陸か海か」「内と外」といった明らかに対立、区分できる概念であるときに意味をなします。
では具体的に見ていきます。
下記の図は「いのち」「経済」を概念化したものです。
「いのち(生命)」は我々の生活を考えるうえで最も根底にあるものです。
しかしその「いのち(生命)」を維持するものとして「生活」があります。
生活とは主に「衣・食・住」を維持する活動です。
そしてそれを支える産業があり、そこに医療も含まれます。
ここが維持出来て初めて「いのち(生命)」は維持できます。
そして「生活(衣・食・住)」及び医療は産業・経済によって成り立っています。
パン一つ食べるにしても、小麦を生産する農家、小麦を運搬する運輸、小麦を粉にしてパンにする工場、パンを販売する小売店、またパンを美味しく食べるためのバター、ジャム、その他のおかず等も同様です。
そしてそれらの取引において通貨(お金)が使われており、それらの活動を行う主体は事業者(会社や個人事業主)であり、消費者はそこから、「生活(衣・食・住)」に必要な商品やサービスを購入しています。
「医療」を受けるにも診療を受けるにもお金がかかりますし、その費用は診療報酬という保険制度の中で7割が補填されています。
病院経営にも人件費がかかりますし、医薬品や病院の建物、その場所の地代なども全て経済の中に内包されています。
そうした意味で「生活(衣・食・住)+医療=経済」といっても過言ではないでしょう。
無人島で完全な自給自足を行っている方は「生活(衣・食・住)+医療=経済」とはなりませんが、そうした方は例外中の例外ですので、「生活=経済」といっても過言ではないでしょう。
そしてこの概念図の関係から、「いのち(生命)」に「生活=経済」は内包されています。
「生活」とは「生きる」ための「活動」ですから当然と言えば当然です。
そしてその「活動」が「経済」であるわけであります。
そう整理すると「いのち」か「経済(生活)」か、といった二項対立自体が成り立たないことになります。
なぜなら「いのち」の中に、それを維持するうえでの「経済(生活)」があり、対立概念ではく、内包関係にあるからです。
政府は「感染症対策と経済の両輪を回す」と言っていますが、こうした点から考えればごく当然のことと言えるでしょう。
なぜなら、国民の生命を守ることと生活を守ることは政府として当然のことだからです。
これに対しても「経済に前のめり⇒いのちの方が大事」といった報道もなされるわけですが、論理的に見れば内包関係にありますのでどちらが大事というよりも両方大事なわけであります。
つまり「いのち OR 経済(生活)」という二項対立で議論できるものではないのです。
「経済(生活)の9割を止めても感染症対策を」といった議論も聞いたことがありますが、こうしてみると9割の方の生活を脅かす危険な発想であると言えるでしょう。別途説明いたしますが、緊急事態宣言による影響は倒産、リストラ、失業、学生の就職難、家計の悪化といったところで出始めています。
企業経営における経営判断の場においてもこうした二項対立の議論を良く見かけます。「売上か利益か」「営業強化か新製品開発か」といった議論であります。
これらの例も同じように内包関係にありますので二項対立の構図とはなっていません。
こうした中で議論を進めていっても適切な意思決定に結びつきませんし時間の無駄です。
そして多くの場合、「営業を重視して製品品質をないがしろにする営業部」、「製品品質だけを追求して、販売を考えない製造部」といった形で内部対立が発生します。
この対立の構図は今回のコロナ禍の状況にも当てはまると言えるでしょう。
企業経営、政策論争においても、二項対立を要いる前に決定すべき内容に対しての概念整理を行うべきでしょう。
「経済が悪化すると自殺者が増える」因果関係が不明な議論
アパレル企業に限らず、多くの会社経営の場において、因果関係の論理展開を飛ばして議論が行われる場合があります。
例えば複数のブランドを扱うアパレルメーカーがあったとします。
その中でブランドAの利益率が高い場合、「それではブランドAの生産を増やせ」といった議論です。
この場合、「なぜブランドAの利益率が高いのか」の因果関係が不明確です。
デザインや品質からブランド認知が高く付加価値が高いためかもしれません。
しかし実際は単に消化率が悪く期末在庫が増えているため利益率が高く見えているだけかもしれません。
そしてもしこうした状況で生産を増やせば期末在庫はさらに増えCF(キャッシュフロー)を圧迫していきます。
つまり因果関係を整理しなければ経営判断を誤る可能性があるということです。
先の二項対立「いのちか経済か」と合わせて良く耳にするフレーズがあります。
それは、緊急事態宣言などにより過度な自粛要請を行うと、「経済が悪化し自殺者が増える」というものです。以下の図は「完全失業率」の推移と、自殺死亡率の推移を並べているものですが、こうしたグラフをメディア等で見られた方も多いと思います。
(出所:警察庁「自殺統計」、総務省「国勢調査」および総務省「人口推計」より厚生労働省自殺対策推進室作成、総務省「労働力調査」)
また、経済学の専門家やエコノミストは、コロナ禍における経済への影響を、景気動向指数(DI)、失業率の推移、GNPの減少といった難しい言葉で説明するわけですが、一般の人には難しすぎて伝わらず、「経済よりいのち(感染症対策)が大事」となるわけであります。
前項にてご説明しました通り論理的には二項対立で論じられるものではないのですが、「経済(生活)」の重要性や、「経済が悪化すると自殺者が増える」を説明する方も説得力に欠けるのも事実です。
そしてこうした「経済が悪化し自殺者が増える」といった説明がなされると、メディアのコメンテーターの方は「新型コロナによる死亡は本人の意思ではなく防げないが、自殺は本人の意思の問題。安易な選択はせず命を大事にして欲しい」といったコメントがなされます。
実際にこうしたコメントを見かけたことがあります。
なぜこうしたコメントをしてしまうかというと、「経済の悪化⇒自殺」という因果関係が不明確で、リアリティがないから伝わらないからであります。
それに対して新型コロナにおける死亡にはリアリティがありますのでどうしてもこうしたコメントとなってしまうわけです。
これはコメンテーターが悪いわけでもなく、二項対立の論理展開が誤っているのと、リアリティの欠如からこうしたコメントになるわけであります。
厳密に言うと「経済が悪化し自殺者が増える」わけではありません。
例えば株価が下がる、景気動向指数(DI)、失業率、GNPなど、これらの景気を示す指標が悪化しても自殺する動機にはなりません。
しかし先ほどの二項対立の説明において、「経済=生活」とほぼ同義であるとご説明しました。つまり「経済の悪化」は「生活の悪化」とほぼ同義ということになります。
ここからはもう少し自殺までの因果関係の説明をさせて頂きます。
この説明は当社(有馬)がバブル崩壊やリーマンショック後の不況下での職業人生(銀行の事業再生支援部、サービッサーでの債権回収での業務)で実際に見てきたところからの説明です。
経歴を見て頂ければ実際にこうした場面を見てきたことはご理解頂けれと思います。
「経済の悪化」つまり「不況」などにより、企業の倒産または事業の縮小が増えます。
経営者は借金を残して会社を失い、従業員は失業やリストラの危機にさらされます。
それにより家計の収入が途切れるか減少するわけですから生活(衣・食・住)の質が低下します。
つまり貧困状態におかれます。
「衣」では、洋服を買いおしゃれをするといったことは当然できなくなります。
「住」では、住宅ローンなどが返済できなくなり自宅が競売にかけられ以前と比べ劣悪な住居環境におかれます。
「食」でも以前のような食生活は出来ず、場合によっては子供の給食費が払えなくなり、十分な栄養も取れなくなります。
こうして生活(衣・食・住)の質が低下していきます。
収入を確保するために職につけても以前の収入に届かず破産しない限り、残してきた借金の取立てでお金は消えていきます。
こうして貧困と生活崩壊の中、多くの場合、家庭崩壊も起きます。
つまり離婚や別居、子の家出といったことに繋がりやすくなります。
唯一の心の拠り所であった家庭も崩壊していきます。
つまり家庭の生活も崩壊するわけです。
こうした世界と無縁な恵まれたかたからすれば「今の日本でそんなことがあるわけない」と思うかもしれませんが、普通に起こりうるものです。
そして、こうして家庭の生活が崩壊し、生きる意味を無くしてもそれでも自殺には至りません。
決定的なのはこうした状況に一定期間(この期間は個人差があります)おかれると精神的にも崩壊していくということです。
先の図で、バブル崩壊の90年より自殺者が急増する95年までタイムラグがあるのはこのためと推測しています。貧困と生活崩壊は徐々に精神を崩壊させていくのです。
そうなると精神医療的には何と言うか解りませんが鬱に近い精神状態となり、目が死に顔も青ざめていくという独特の状態になります。そしてある日、魔が差した時に自殺という選択を行います。
こうして「経済が悪化すると自殺者が増える」という因果関係を見ると、この命題は正しいものと考えます。
しかし因果関係が不明確でリアリティがないために伝わりにくいのではと考えております。
コロナ禍の不況とバブル崩壊時、リーマンショックの違い
以上が「経済が悪化し自殺者が増える」という因果関係と具体的なプロセスでありますが、コロナ禍により生じる不況が、バブル崩壊後の不況、リーマンショックと大きく違うところがあると考えております。
それは震源地(発生点)が違うということであります。
ここは実際の自殺者の数にも影響すると推測されます。
ここで少しバブル崩壊後の不況について簡単説明します。
バブル崩壊後の不況の震源地は、金融機関の不良債権問題でした。
金融機関による過剰投資は地価を過剰に高騰させ、さらなる過剰投資を生み、バブルがはじけた時に、これらの過剰投資は不良債権となりました。
「住専による不良債権問題」、先ほどご説明しました「貸し渋り」、「長銀や、山一証券などの経営破綻」、「大手都銀の統廃合」、「不良債権処理」等々。
こうした中、まさに渦中にいた人間でありますので今でも鮮明に記憶にあるところであります。
現在45歳以上の方であれば、何となく記憶に残っているのではないでしょうか。
そしてこれらの不良債権問題や金融からの資金の流れが途絶え、一般企業や家庭に影響を与え、企業では過剰債務解消のため金融債務の返済に専念し設備投資を抑制し、家庭では「将来の不安」といった言葉に代表されるよう、貯蓄はあっても消費には回らないという事象が起き、「失われた20年」と言われるような長期低迷が起きていたわけであります。
リーマンショックも詳細の説明は割愛いたしますが、震源地は金融というところは共通しております。
何が言いたいかと申しますと、かつてのバブル崩壊後の不況、リーマンショックは、地震で言えば三陸沖地震のように震源地は一般家計や生活者からは遠く、回りまわって家計や生活者に影響を与えていたということです。
そのため、業種、所得階層によっては甚大な痛みを感じないで済んだ家計や生活者もいたわけです。
特にリーマンショックはその傾向があったように感じています。
しかし、今回の震源地は家庭や生活者の足元、日常の生活消費のところが震源地となっています。
つまり都市直下型の地震のイメージです。
家計や生活者の消費に近いところの経済活動を止めたわけですから当然と言えば当然でしょう。
特に観光業のウエイトが高い地方ではこの傾向が強いと予想されます。
そうしたなかで、第一段階で直接的な被害を受けるのは、飲食業、文化イベント業、旅館・ホテル・遊戯施設などの観光業などの業種であります。
こうした業種の共通点として言えるのは、女性や非正規従業員、フリーランスなど経済的に非常に弱い立場の方が多く従事している業界であることです。
かつてのバブル崩壊後の不況や、リーマンショックでは金融や不動産における一部のエリートに被害が多く集中しました。
銀行の統廃合や大規模なリストラもありましたが、大手企業が多い業界ですのでリストラの際には早期割増退職金などの優遇を得られるわけであります。
女性の非正規従業員、フリーランスといった方にはそうした保証はありませんので、経済的に弱い立場の方の痛みが大きくでる不況であることを非常に危惧しております。
アパレル業界においても、店舗で派遣や、パート、アルバイトスタッフとして働く方、デザイナーやパタンナーなどの専門職としてフリーランスで働く方々、縫製工場等の下請け先として生業的に仕事を請け負う方々、こうした方々に影響が出るところではないかと危惧しておるところであります。
つまり、今回のコロナ禍における「経済(生活)」の悪化は、もともと経済生活的な基盤の弱いところを直撃しているということであります。
先ほどの因果関係にもありました通り、貧困や生活崩壊、家庭崩壊に繋がりやすいわけであります。
統計上では失業率が1%増えると、自殺者が1,500人増えるという試算があります。
しかしそれは過去の試算であります。
今回の「経済(生活)」の悪化は震源地が違いますのでこの数値を超える可能性があります。
当社では何もすることは出来ませんがそうならないことを祈るばかりであります。
アパレル企業に関わらず企業経営においては、個々の統計や数値の結果だけではなく、その因果関係に着目することで真の実態が見えてきます。
冒頭の事例にもありました通り、因果関係が見えない中での意思決定は経営判断や対策を誤らせる可能性があります。
「程度」計測なき議論展開
当社で行うアパレル企業のデューデリジェンスでは決算内容を分析する財務分析、各店舗やブランドごとの収益性の分析を行っています。
ここで重要なのは、数値は個々で見ても意味がないということです。
例えば本年度のA社の売上はいくら、原価はいくら、利益額がいくらといった数値を見ても、大きいのか低いのか、増えているか、減っているかの判断がつきません。
同業他社との比較、またはその企業の時系列での比較においてはじめてその数値の「程度」が計測できるわけであります。
次は、当社で行っているデューデリジェンスの一部です。財務指標を業界平均との比較、時系列での比較において増えているのか、減っているのか、その重要度の「程度」を計測しているわけであります。
これは「経営におけるリスク計測」でも当てはまります。
アパレル企業に限らず、多くの会社経営の場ではリスクの「程度」が重要となります。
会社経営においては特許問題などの法務リスク、パワーハラスメントなどの労務リスク、資金調達などの財務リスクなど様々なリスクにさらされています。
こうした経営リスクには対処が必要ですが、経営資源や予算の制約のなかで全ての経営リスクに対して完璧な対応を取ることはできません。
他との比較、時系列での比較により、初めて経営リスクの「程度」が計測可能となり、その「程度」に見合った対策と予算配分を行うことが可能となります。
アパレル企業に限らず経営では当然のことと言えるでしょう。
新型コロナウイルスの感染リスク
それでは新型コロナ感染によるリスクはどの「程度」のものでしょうか。
その「程度」も他のリスクとの比較、時系列での比較(新型コロナの場合は前年のデータはありませんが)で見ていく必要があります。
新型コロナのリスクには、死亡、重篤化、感染による風評被害などがありますが、最も恐ろしい「死亡」を尺度として、その他の死亡リスクと年度別に比較してみました。
次の表は、厚生労働省「2017年、2018年人口動態統計(確定数)概況」より死亡者数の内訳を筆者が集計し、2020年度における新型コロナ死亡者を対比させたものであります。2019年度の数値が無いのはまだ確定値が公表されていないからであります。
新型コロナ感染を軽視し、感染症対策をしなくていいという意味ではありませんが、概略は説明するまでもなく、死亡者数でみるところのリスクはこの「程度」であります。
新型コロナの死亡者数は8月15日までのもので年間を通じた死亡者数は更に増加すると考えられますが参考にはなると考えられます。
2018年度の数値と比較した2020年の新型コロナでの死亡リスクの「程度」を見ると次のことが言えます。
- 外出して交通事故で死亡するリスクは新型コロナの約4倍
- 日常生活で転倒するなどで死亡するリスクは新型コロナの約9倍
- 海や河川、お風呂で溺死するリスクは新型コロナの約7倍
- 高齢者が誤嚥(食べ物を詰まらせて)で窒息死するリスクは新型コロナの約8倍
(死因6位「その他不慮の窒息」の殆どが高齢者の誤嚥による窒息) - インフルエンザで死亡するリスクは新型コロナの約3倍
- 7月度は外出して熱中症で死亡するリスクは新型コロナの約10倍の可能性
(熱中症死亡者は7月、8月に集中、7月の新型コロナ全国死亡者は37名)
各死因の症例においても新型コロナよりも深刻なものがあります。
例えばインフルエンザはワクチンやタミフルなどの治療薬があるのにこの数値です。
熱中症は発症から重篤化、死亡までの時間が短く病院へ搬送された時には死亡しているケースもあります。
まだ結果は出ていませんが、現に8月の救急搬送数、重症者数、死亡者は新型コロナをはるかに超える可能性があります。
それ故こうした数値になるわけでありますが、症例の程度からも他の死因から見た場合のリスクを見ていく必要があると考えます。
また、当社(有馬)も知らなかったのですが、誤嚥性肺炎というものが死因の7位にあります。
これは食べ物などが誤って気管に入り、ウィルスや細菌が肺に入ることによる肺炎ということで初期症状は風邪に似ているということでした。
そしてこの肺炎を発症する殆どが高齢者であると言われています。
高齢者が誤嚥により窒息死している件数も合わせますと2018年度は4万6千人以上の高齢者が誤嚥をきっかけにお亡くなりになるわけです。
新型コロナでも肺炎を起こしやすく、それが死亡に至るとも言われていますが、誤嚥性肺炎による死亡によるリスクは、同じ肺炎系の新型コロナの約37倍ということになります。
また誤嚥による窒息を合わせると高齢者は食事をしているだけで新型コロナの約45倍の死亡リスクがあるということになります。
こうしてみると新型コロナのリスクからくる不安と社会的な影響は、実際のリスクの度合いよりはるかに大きいように見てとれます。またリスクに対する報道や対策も、そのリスクの度合いに比例する必要がありますがバランスを欠いているものと考えられます。
もしこの基準にてリスク管理を行うとなると次のようになるでしょう。
もはや社会生活や国の財政、つまり国家が成り立たなくなってしまいます。
この点については「対策編」にてご説明いたします。
- 今年のインフルエンザの死亡者は新型コロナの3倍 ⇒ 緊急事態宣言
- 7月の熱中症の脅威は新型コロナの10倍 ⇒ 外出禁止要請
- 海や河川、お風呂で溺死の脅威は新型コロナの8倍 ⇒ 遊泳入浴禁止要請
- 誤嚥性肺炎のリスクは新型コロナの37倍 ⇒ 高齢者の食事制限
不謹慎ではあるかもしれませんがふざけているわけではなく、リスクの「程度」から新型コロナと同様の対応を行うとこのようになってしまうわけであります。
「数値は嘘をつきません」。
アパレル企業に関わらず経営においても客観的データに基づく冷静な経営リスク「程度」の計測と、その度合いに見合う対策が必要と考えるわけであります。
結論を誘導する「現状分析」は判断を誤らせる
一方で「数値は嘘をつかない・詐欺師は数値で嘘をつく」という言葉もあります。
数値データはその扱い方によりいくらでも誤解や誤認を与え印象を操作することが出来ます。
また「お客様の声」や「著名な方のコメント」を引用することでさらに印象操作を可能とします。
当社ではアパレル企業を中心としたデューデリジェンスを実施しています。
決算書をもとにした財務分析。POPデータや販売データから抽出した数値をもとに、店舗別、ブランド別の収益分析なども行っています。
またネットで「お客様の声」を拾うことで定性的な部分の検証も行ったりしています。
それを例にご説明したいと思います。
例えば、あるアパレル企業のデューデリジェンスにおいて、「N期の決算は△200億円と大幅な赤字、売上高は4期連続で10%以上の落ち込み。さらに実店舗販売のみで、ECサイトは撤退。経営戦略の見直しが急務。
主要ブランドの中でもZブランドの不調が顕著。
4年連続で昨対売上を下回り、店舗数も激減。消費者からは次のような声が寄せられています」
「なんかもう私たちのブランドという感じがしなくて魅力がなくなりました」
「昔は好きなものがたくさんあったけど今はないです」
「値段も高くなって、買う気が起きません」
「店員さんの接客が横柄でいきたくなくなりました」
「お客さんの立場になってお店づくりをして欲しいです」
さらに大学のマーケティング教授や、著名なコンサルタントの声を引用または、コメントさせ、「アパレル業界では顧客ニーズに寄り添わなければ生き残れない。昨今のEC市場の拡大に伴いEC化率が10%以下のアパレル企業は生き残れない」
こうして表現していくと、もっともらしく聞こえ、多くの方はこの会社にネガティブな印象を持つかと存じます。
お客様目線での商品企画、お店づくりが出来ていない、だから売上が減少し赤字になっているのだといったような感想を持たれるかと思います。
しかしこのコメントは真実を捉えていると言えるでしょうか。
例えば前年の決算が△500億円の赤字であれば利益額は300億円も改善していることになります。
また売上減少は不採算事業やブランドのリストラをしたことによりものかもしれません。
またその不採算事業の中にECサイトも含まれたのかもしれません。
Zブランドにしてもリブランディングを行い、ターゲット層を絞り、それに合わせて立地、商品構成、価格構成を変えた結果かもしれません。
店員さんの接客はどのブランドでも店舗でもこうした声はあるものです。
つまり数値の扱い方、抜き出し方と、表現手法によりいくらでも結論や印象を左右できるのです。
こうした点に留意しつつ当社では日々デューデリジェンス業務を行っております。
次はメディア等で連日報道される新型コロナ感染者の表現方法です。
「東京都の感染者は4日連続で300人超え」「1日の感染者としては過去最高」といった言葉はよく耳にするところであるでしょう。
この点は殆どの方が疑問を持たれるように、PCR検査数によって左右されますので実際の感染者数の真の数値を捉えているとは言えないわけであります。
また個別の事案として、感染で苦しむ方の生の声を取り上げ、海外での惨状を移したりいたします。
それに加えて教授や学者さんといった社会的に権威のある方のコメントを放映します。
そうすることで、前項で説明した実際のリスクの程度よりはるかに大きい不安を植え付けることになります。
そしてこの手法は誇大広告や詐欺でも利用される手法であります。
マーケティングを勉強された方なら解るかと思いますが具体的には次の3つの手法が利用されています。
- 数値の扱い方を意図的に操作:見せたいところだけ誇張して見せる
- 実際の生の声を引用する:こちらは感情に訴える
- 権威ある人物のコメントを引用:社会的証明で根拠づけ
つまり数値の表現手法で誤認させ、感情に訴えかけ、さらに権威ある人物のコメントで信憑性を上げるという手法です。
当社では新型コロナにおけるメディアの報道の是非を問うつもりはありません。
その報道内容も新型コロナ感染拡大を抑えるメディアとしての使命感からであると思います。
あくまでアパレルのデューデリジェンスの事例にあったような印象操作の手法と構造的に似ていると言っているだけであります。
アパレル企業の経営においても、「アパレル企業が半分になる」とったような危機を煽る記事を見かけたことがあります。
その記事の中にもこうした手法が使われていました。
コロナ禍においても経営者の「アフターコロナに向け何かしなくては」という経営者の心理につけこみこうした手法で営業をしてくる業者もあるようです。
企業経営においては、こうした手法に惑わされず、経営判断を行うべきと考えます。
第二波は「予言の自己成就?」7月の死亡者数が意味するところ
古典的な社会心理学の理論に「予言の自己成就」というものがあります。
マーケティングの世界でも知られている理論であります。次はその定義となります。
「たとえ根拠のない予言(=噂や思い込み)であっても、人々がその予言を信じて行動することによって、結果として予言通りの現実がつくられるという現象のこと。 例えば、ある銀行が危ないという噂を聞いて、人々が預金を下ろすという行動をとることで、本当に銀行が倒産してしまう、というもの。 このような社会現象のメカニズムを、アメリカの社会学者マートンは「予言の自己成就」と名付けた。 これは、W・I・トマスの「もし人が状況を真実であると決めれば、その状況は結果において真実である」という定理をさらに展開した理論といえる」
(コトバンクより引用)
上記の定義では銀行の事例があげられていますが、昨今のコロナ禍でもこの事象が発生しています。
それは3月におけるトイレットペーパーの品薄騒動です。
SNSで「トイレットペーパーは中国産なので品薄になる」という投稿が拡散され、それを信じた人たちが買い占めを行い、実際にスーパの店頭からトイレットペーパーが消えました。これは記憶に新しいところかと思います。
また、こうした予言の自己成就は実際のビジネスの場でも起こりえます。
例としてアパレルの縫製工場での事例をご説明いたします。
ある時、連続して重大な製品不良が発生し、取引先から大きなクレームを受けたとします。
こうした場合、品質管理担当者は、「このままでは不良が増加してしまう」という危機感を持つでしょう。
縫製工場での不良は、縫い間違い、ボタンなどのほつれ、汚れ、針などの異物混入があります。
殆どが作業者の手作業ですので作業者によってもバラツキがあります。
不良の原因を特定するために検査数を増やすしかありません。
全ての製品を検査するにはコストがかかりますので、疑わしい作業者を狙い撃ちして「抜き取り検査」の件数を増やしていきます。
すると当然に不良確認個数は増加します。
当初は不良を削減するために検査数を増やしたのですが、結果として不良個数が増加している事象が残り、「このままでは不良が増加してしまう」という予言が自己成就してしまいます。
そしてこの「予言の自己成就」は予言の不安が大きければ大きいほど成立しやすくなります。
なぜなら「このままでは収まるはずがない、必ず次の災難がおとずれる」という心理状態におかれるからです。
新型コロナではどうでしょうか。7月、8月の感染第二波と呼ばれる状況がこれにあたると考えています。
第一波と言われる4月の時から、「必ず深刻な第二波がくるだろう、場合によっては第二波の方が死亡者数は増えるのではないか」と言われていました。
その理由は1918年から世界的に流行したスペイン風邪で第二波の方が死亡者数は多かったからです。
こうした経緯でありますが、政府では4月以降、飛躍的にPCRの検査数を増加させています。
以下の図は厚生労働省のホームページに掲載されているPCR検査数の推移です。4月では1日5000件前後の検査数が、8月では1日20,000件前後の検査を行っています。
PCR検査実施人数(厚生労働省HPより)
また厚生労働省ではPCR検査について、同ホームページにて次のように説明を行っています。
「感染症法に基づく医師の届出により、疑似症患者を把握し、医師が診断上必要と認める場合にPCR検査を実施し、患者を把握しています。患者が確認された場合には、感染症法に基づき、積極的疫学調査を実施し、濃厚接触者を把握します。濃厚接触者に対しては、感染症法に基づく健康観察や外出自粛等により感染拡大防止を図っています」
つまりPCR検査数を増やし、陽性者の濃厚接触者を特定し外出自粛などにより、感染拡大を防止しようとする政策の意図が読んでとれます。
そしてこの政策に基づき疑わしいところ、例えば夜の街と言われるホストクラブなどを中心に検査数を拡大していきます。
しかし実際のところは、感染拡大防止するためのPCR検査ですが、その結果として確認される感染者数(陽性者数)ばかりフォーカスされメディア等で報道されることになります。
皆さまもご存知の次の図のところだけがフォーカスされていくわけです。
陽性者数(厚生労働省HPより)
こうしたメディア等で報道が良いか悪いかのコメントは致しませんが、先ほどのアパレル縫製工場での「予言の自己成就」と同じ構図であると言えないでしょうか。
つまり次のようなプロセスで予言の自己成就は成立していると考えます。
・「このままで収まるはずがない」という深刻な不安状態におかれる中
・第二波がくるであろうという予言がメディア等で大々的に報道され
・感染拡大を防止するためのPCR検査を政策的に増加させ
・結果として感染者数(陽性者数)の確認数を増加し
・真偽はわからないが、あたかも第二波到来という現象を起こしている
先ほどの縫製工場の検査の事例にあるように、PCR検査のような「抜き取り検査」による該当数は件数を増やせば増やすほど増えますし、疑わしいところを狙えば狙うほど増えていきます。
全数検査ではないので、ここでだけ見ても「増加している」「拡大している」ということは言えないのですが、連日この「感染者数(陽性者数)」がメディア等で報道されることで、あたかも第二波が到来しているように見えるのは否めないのではと考えます。
7月の死亡者数から言えること
以上、7月以降の第二波といわれる現象が、本当に感染者数の増加を示しているものなのかは解りません。
しかし次のような報道もなされています。
次のグラフより解るように、「7月の感染確認者数は4月とほぼ同じ、7月の死亡者数は4月より圧倒的に少ない」ということです。
特に死亡者数は4月が一日当たり約20名なのに対し、7月は1~2名という結果となっています。
8月になり死亡者数は増えているものの、傾向は大きく変わっていません。
こうしたデータは何を意味しているのでしょうか。
感染死亡率を考えると次の式となります。
感染死亡率(X) = 死亡者数 / 実際の感染者数(Y)
いまこの数式の中で確定している数値は「死亡者数」だけです。
7月の新型コロナ全国死亡者は37名でした。
実際の感染者数(Y)は全国民に対し検査を実施しているわけではありませんので定かではありません。
感染死亡率(X)も実際の感染者数(Y)が確定出来ていないと解りません。
そしてこの内容から考えられる可能性は次の二つとなります。
1)4月の感染者数はもっといた(感染死亡率Xが一定の場合)
4月と7月の感染死亡率が同じ、つまり実際に感染して死亡する率が同じであったと考えると、実際の感染者数は更にいて確認出来ていなかっただけと考えられます。
もしそうであれば、7月においては感染が拡大している、第二波が来ているとは言えなくなります。なぜなら4月においてはさらに多くの感染者がいたことになるからです。
2)感染死亡率自体が減少している(実際の感染者数Yが正しい場合)
実際の感染者数が真実に近いと仮定した場合、つまりPCR検査で国内の感染者をほぼ捉えられていると仮定した場合、感染死亡率自体が減少していると考えられます。
実際に7月のウィルスは弱毒化しているという専門家の論文もありますし、医療現場での対応力が向上したため死亡率が低下しているという専門家の意見もあります。
どちらにせよ感染して死亡する率が低下しているということになります。
そして上記の1)2)の場合においても、国民の生命や健康にとって「良い結果」となるわけです。
1)の場合は感染が拡大しているとは言えなくなります。
2)の場合では、感染確認者数が増えても死亡者が増えていないわけですので、リスクの「程度」としては更に低下していることになります。
つまり死亡者数が増えない中で、感染者数(陽性者数)が増えれば増えるほど、新型コロナのリスクの「程度」は低くなるというわけです。
しかしながら日々耳にするメディア等での報道では理由は解りませんが何故かそのような結論とはなっていません。
「やはり到来した第二波」といった形で報道されています。
これらの理由については解りませんが、アパレル企業に関わらず経営においても危機や不安をあおるような「予言(不安)」に惑わされずに冷静に経営判断を行うべきと考えます。
収益構造から見る「医療崩壊」の本当の意味
事業再生、企業再建、再生投資型のM&Aなどの領域では、その企業のビジネスモデルや、収益構造の把握が重要となります。
まずここを把握しておかないとどのような対策や支援を行えばその企業が再生するのかが解りません。
そのためまずはデューデリジェンスが行われます。
これはその企業のビジネスモデルや収益構造などの実態を把握するものとなります。
このデューデリジェンスを行わないと、殆どのケースで事業再生やM&Aの投資は失敗します。
どのような企業なのかの実態がつかめていないと対策や支援も打てないからです。
さてコロナ禍の報道で良く言われるのが「医療崩壊」です。
「なんとしても医療崩壊を防がなくてはならない」といった言葉をよく耳にします。
また「医療崩壊」を防ぐためにも新型コロナ感染を抑えなければならないという意見も良く聞くところであります。
これを聞いたことがない方はいないでしょう。
まず「医療崩壊」についての言葉の定義をしていきましょう。
「医療崩壊(いりょうほうかい)とは、医療安全に対する過度な社会的要求や医療への過度な期待、医療費抑制政策などを背景とした、医師の士気の低下、防衛医療の増加、病院経営の悪化などにより、安定的・継続的な医療提供体制が成り立たなくなる、という論法で展開される俗語である 。2020年、新型コロナウイルスの感染が急速に拡大した国々では、医療従事者や医療器具が不足、重症者の治療に手が回らなくなった。このような状態を医療崩壊と表現するようになった 」
(Wikipediaより引用)
Wikipediaの定義にもある通り、コロナ禍においては特に後半の部分を「医療崩壊」といっていると過言ではないでしょう。
しかしこれは医療の利用者側の視点です。
病院経営という視点から見ると別の問題が見えてきます。
当社(有馬)は銀行勤務時代に融資の審査部にいたことがあります。
そこで病院、介護施設への融資の与信審査をやっていたことがあります。
そのため、病院のビジネスモデル、収益構造を多少ないし理解しています。
収益構造から見ると病院固有のものとして診療報酬があります
。この診療報酬は簡単に言いますと、国により医療行為の品目、点数ごとに細かく報酬が規定されています。
例えば注射1本でいくら、1日入院でいくらといった感じです。
そうして決められた診療報酬の3割を自己負担、7割を医療保険で支払われているわけであります。
ここはご存知の方も多いのではないでしょうか。
そして、有床病院を収益構造からみた場合、次のようになります。
売上 = 客単価(診療報酬単価×治療点数)× 病床数 × 回転率(稼働率)
利益 = 売上 - 経費(人件費・薬剤費等)
売上は、出来るだけ客単価の高い治療で、出来るだけ早期に退院(完治)して回転率、稼働率を上げる患者が多いと上がるわけです。診療内容により客単価も決まり、病床数が限られる中で、最も重要なのは回転率(稼働率)となるわけです。
利益は、出来るだけコスト(人件費・薬剤費等)をかけずに行う治療であると最終的な利益に繋がるわけであります。
つまり客単価の高い治療で、出来るだけ早期に退院(完治)して回転率、稼働率を上げると売上が上がり、出来るだけコスト(人件費・薬剤費等)をかけずに行う患者が最終的な利益に繋がるわけであります。
そしてこの収益構造は旅館やホテル、飲食店と全く同じであります。
旅館、ホテルの場合は次のようになります。
売上 = 客単価(客室単価) × 客室数 × 客室回転率(稼働率)
利益 = 売上 ― 経費(人件費・光熱費・食材費等)
病床数、客室数、客席数により売上の上限が決まる業種は収益構造的には殆ど同じです。
映画館、劇場やコンサートの収益構造も同じと考えて良いでしょう。そしてコロナ禍の影響を受け業績が大きく悪化しているのもこうした業種です。
「3密回避」「人との距離」に制限がかかる中では回転率(稼働率)があげられないからです。
ちなみM&Aにおける病院の事業価値は、客単価や、回転数(稼働率)を参考に、1床10百万といったように試算されます。
この点も旅館やホテルと同じであります。
こうした有床病院の収益構造から考えたとき、新型コロナ患者の増加は、病院経営にとっても非常に悪影響を与えます。
新型コロナ患者には人工呼吸器などで治療を行う重症者、症状がないか、あっても症状が軽い軽症者に分けられます。
前者は治療を目的としており、後者は隔離(感染拡大防止)を目的にしています。
この二つの患者(顧客)を収益構造から見た場合どうでしょうか。
重症者は、病床単価の高いICUを占有し、患者を診る医師の数も負担も多く経費(人件費・薬剤費等)が大きくなります。
軽症者は、医療行為も少ないため客単価(診療報酬単価)が上がりません。そしてその割には防護服や感染対策などの経費もかかります。
しかも重症者、軽症者とも2週間は病床を埋めるため回転率(稼働率)が悪化します。
また、これらの患者で病床を埋めると客単価(診療報酬単価)の高い他の病気の患者を受け入れることが出来ません。
また新型コロナの患者がいれば一般診療や健康診断などの診察を敬遠される方もいますので一般患者も減少していきます。
さらに院内感染でも発生するようであれば病院の閉鎖や風評被害のリスクもある。
病院の収益構造からみると、病院経営にとって極めて都合の悪い患者であることが考えられます。
こう考えると、日々メディアで言われている「医療崩壊」の本質は、「2020年、新型コロナウイルスの感染が急速に拡大した国々では、医療従事者や医療器具が不足、重症者の治療に手が回らなくなった」(Wikipedia)という部分は表面的なところでしかなく、その本質は収益構造が悪化することによる「病院の経営崩壊」といえるでしょう。
現に日本病院会などによる調査によると、2020年4月~6月にコロナ患者を受け入れた病院の経営状況は8割が赤字ということです。8月7日付け読売新聞記事では「コロナ患者受け入れ病院、8割赤字…この状態が続くと壊滅的な状況になる」と報道されています。
ここで重要なのは、「新型コロナの感染拡大=医療崩壊」ではないということです。
病院が恐れているのは「新型コロナの感染拡大」ではなく、この収益構造と、それによって引き起こされる「病院経営崩壊」です。
経営者の立場からすると当然のことだと考えます。
病院経営的な側面から言うと本質的な問題は「新型コロナ感染拡大」ではなく、「新型コロナ感染拡大すると、収益構造が悪化し、病院の経営が悪化する」という仕組みが問題ということになります。
この仕組みを変えないと医療崩壊を防ぐのは難しいでしょう。
病院事業の目的は「治療」にあり、「隔離(感染拡大防止)」ではないと捉えると当然ではないかと考えます。
この点、Wikipediaの定義にもある通り「医療安全に対する過度な社会的要求が医療崩壊(病院経営崩壊)」を助長している可能性があるのではと考えるところであります。
こうした収益構造の視点から見ていくと、「医療崩壊」における問題の本質や対応策も見えてくるのではないでしょうか。
ビジネスや事業再生、M&Aにおいても表面的な部分ではなく、ビジネスモデル、収益構造などの実態を把握して経営判断と対策を打たないと上手くいかないということだと考えます。
現状分析編(まとめ)
以上、実際の企業経営で起きている問題をなぞりながらコロナ禍における「現状分析」過程での問題を見てきました。
この現状分析過程だけにおいても次のことが言えるのではないでしょうか。
- 概念定義が出来ていない中、論理的に矛盾する議論を展開し
- 因果関係の見えない議論も行い
- リスクにおける「程度」計測のない中で議論を展開し
- 結論を誘導する「現状分析」を行う
- 予言(不安)から第二波を自己成就させ事実に対し過大反応する
- 収益構造を理解しない中での考察により医療崩壊の本質が見えていない
冒頭に申し上げしました通り、当社の見解は、政府や特定の自治体の政策を否定するものではありません。
また特定の団体や個人を否定するものでもありませんし、当社の主義主張、イデオロギーを主張するものでもありません。
しかし企業経営におけるコンサルティング業務において「現状分析」過程において、これだけ問題があると、次のステップである「経営判断」「対策」過程においても確実に悪影響を与えてきます。
次は第二部では次のステップでの問題点を考察していきたいと考えます。
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